「勉強する意味が分からない」という質問に教員は答えられるのか?

教員になる人はおそらく、「頭が良い人」だと思います。おそらく彼らの学生時代、成績はトップクラスだったのでしょう。そうでなければ今や難関の教員採用試験に合格することはできないと思います(同時に最近は、その教員採用試験に失敗した人が私立に行くこともあり、私立のレベルの低下が指摘されることもあります)。

しかし、だからこそ、教員は所謂「勉強ができない子」の気持ちが分からないことがあります。学校にいるのは「勉強ができる子」「勉強が好きな子」ばかりではありません。反抗期真っ只中の10代の子どもたちですから、「学校なんて嫌だ」「勉強なんてしたくない」と思っている子が多いのが現実なのです。

実際に、勉強が好きな子、勉強ができる子に授業をする方が簡単です。筆者も以前高校で教鞭を取っていましたが、最初に授業で「なんでこの科目を勉強しなければならないのか分からない」とはっきり言われたことがあります。

気持ちは分かります。だって、例えば小学校から高校まで、誰もが主要科目として算数や数学を学んできたと思いますが、大人になった今、数学で学んだ二次方程式や微分積分を使うことがあるでしょうか?ないですよね。せめて買い物に行って消費税を計算したり、お釣りを計算したりする程度なのではないでしょうか。例えば生徒が「なんで数学なんて勉強する必要があるの?」「いざとなったら電卓を使えばいいじゃん」と思ってもそれは不思議ではありません。

でも、それなら教員はこの質問に答えられるのでしょうか?「子どもは勉強することが仕事!」なんて言われても反応に困ります。教員には、ぜひこのような素朴な疑問にも答えられるような人材であって欲しいと思います。実際の教育現場で行う授業は、大学の教職課程で行う模擬授業とは違います。

大人の感覚では思いもつかないような質問や、むしろ授業を潰そうとするための無駄な質問も多く飛び出てきます。でも、そのような生徒の関心をいかに授業に向けさせるか、という技術こそが教員に求められていると思います。勉強のできる子ばかりに関心を向け、良い成績を取らせて満足することだけが教員の仕事ではないと思う今日この頃です。